子供じゃないもん'17

生きるって超せつない

のっぺらぼうの夏

 

「結婚を前提に、付き合ってください」

 

 

あの人は確かにそう言ったらしい。

気にくわない後輩づてに、それを知った。

 

それは絶対に、私なんかには向けられることのない言葉。

 

 

胸下まで伸びた長い黒髪をふわりとさせて

ロングスカートにフリルのブラウスがよく似合う

笑顔が素敵なかわいい女の子。

 

 

私とは正反対の、愛されるべき女の子。

 

 

あの人が恋したのは、私の知るあの人が、特に好きそうな女の子。

まるで用意周到な落とし穴にはまったみたいに、落ちた。

 

 

 

私があなたを好きだと伝えた時に、

「人を好きになることができない」と嘆いていたあの人は、もういないんだ。

やっと人を好きになれたんだね。

好きになってもらいたい人ができたんだね。

 

よかったね、幸せになってね

 

 

なんて、絶対に思わない、思えない。

私のことを適当に扱って傷つけたのだから

その上誰にも嫌われずにその幸せに近づこうとしているのだから

簡単に幸せになってもらっちゃ、困る。

 

 

 

大事にされていないことなどわかっていた。

いや、わかっているふりをして、本当はどこかで希望を持ってしまっていた。

こんなにも「馬鹿にされている」と感じたことはなかったし

こんなにも苦しく、深く傷つき、泣いて、わがままを言ったことは

これまで生きてきて一度もなかったのではないか。

 

 

でも、彼は何にも悪くないのかもしれない。

「大切な人だ」と私に言ってくれたあの日の言葉から、

ずっとウソだったし、

私がまんまと騙されて、私が勝手に好きになって

これまで彼のいいなりになっているように見せかけて、

私のわがままに付き合ってもらっていたのだ。

「疲れた私を癒すため」に、あの人は体を許し、

子犬のようにかわいく甘えてきて、私を抱きしめてくれた。

 

「こいつはこうすれば俺の言うことに従う」と

攻略したつもりになっている彼を知っていながらも

その攻略法に従い続けていた、知らないフリしてた馬鹿な女はわたしだ。

 

 

たったそれだけなのだ。きっと。

 

 

 

全て彼の理論も行動も正しい。

それが悔しくて、私は少しおかしくなっていた。

 

夜に窓から見た、月に照らされる一本桜も

溶けたアイスを「美味しいね」と分け合った夜も

ゆっくりと起きて寝ぼけながら食べたハンバーガーも

病にかかったあなたにかけたお気に入りの毛布も

楽しそうに笑うあなたも、嬉しそうなあなたも

一緒に見たたくさんの景色も、音も、風も、感情も

 

 

全部嘘。全部嘘だったのだ。

あなたが私を大切に思ってくれたことなど、一度もない

本当だったと思えるのは、

怒っているあなたと、呆れているあなたと

拒絶してきたあなただけだ。

 

 

 

 

私はもう何もかもに絶望した。

「嘘つき」

そう一言メッセージを送って、あの人を消した。

あの人の非を探しに探して、ひねり出した悪口だった。

もう二度とこの人と「幸せだ」と胸を張って言えるような

楽しい時間を過ごすことはないと思うと、悲しくなった。

 

 

でも、もう何度も怒り狂って、泣きわめいて、眠れない夜を通ってきた。

私はもう、苦しむ必要などないのだ。

私を大切にしてくれない人など、いらないのだ。

もう自由になればいい。私も、あなたも。

 

 

呪いから解き放たれたみたいに、君は人を好きになった。

 

君と行ったライブで買ったお揃いのキーホルダーが、

いつの間にかちぎれてしまっていた。

 

彼の、私への奉仕活動は終わったのだ

私の呪いにも似たこの感情をといてあげるのが遅くなってしまったけど。

もう心を通わすことはないだろう。

 

そもそも、これまでも心など通っていなかったのだけれど。

 

 

 

 

さよーなら、あなた。

 

 

 

もしも、あなたにとって私が少しでも、「失いたくない」と思う人であれば、と

虚しく意味のない仮説を立てた。

 

 

その仮説が真実であったならば、私は

「何一つ失わずに得られる幸せなどないんだよ」と

神様のような微笑みを浮かべて、あの人に囁きたい。

 

 

 

でも。そんな妄想も、もはやゴミでしかない。

 

 

 

 

 

いつも通りの朝が来る。

あの人を思って辛くなっても、お腹は空く。

きっともうじき「交際開始」の噂が届くのだろう。

悪いことをあらかじめ考えていないと

傷が余計に深くなる。じくじくと痛む傷が、

もう充分なほど刻み込まれているのだから、もういらない。

エアバッグのない交通事故のように、

痛々しく心が再生不可能になる前に、そっと心を閉じる。

 

私には何も関係なく、知らないところで二人の愛が育まれていく。

煙草に火をつける。きっとしばらく止められそうにない。

空っぽの私を埋めるのは、大量の仕事と

大好きな友達のあれこれだ。

 

自分から暴言を吐いて終わりを告げたくせに、

街に彼の姿を探し、出会えることを期待している。

そんな自分が馬鹿で、くだらなくて、救いようもなくて、

愛おしい。

 

夏が終わろうとしている。秋は、

「待ちきれないよ」と言わんばかりに、私の肌を、髪をかすめていく。

 

さよーなら、あなた。

 

 

彼に届くはずもないのに

「大嫌い」とつぶやく。

 

 

私も、嘘つきだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆっくりやすもう


金曜日にはお酒をのんで

土曜日にはお買い物して

ライブにいってまたお酒を飲んで

日曜日には映画をみて

寝ころんで焼肉をたべた



あー、普通だ。幸せなフツウ。

珍しく忘れ物をしたあの人に

荷物をとどけてそのまま一緒にねた。


これでいいんだ〜。いつか終わるときに思いきり悲しめばいいんだから



わかっているのにやめられないんだから



スーダラだったスイスイ

夏のはじまり

 
 
 

桃色の景色はいつの間にか

青い緑でいっぱいになっていて
半袖にサンダルでも
ぜんぜんへっちゃらな季節の変わり目
 
つめたい麺がたべたくて
あなたを迎えに車を走らせる
よく行くチェーンのうどん屋さんに行って
あなたは欲張って大盛り揚げ2つ
わたしは半熟たまご
 
タワレコでニューシングルかって
あっついねってアイスをたべた
あなたはオレンジ、わたしはバニラ
 
もうお腹はいっぱいだったけど
ラムネを買って2人で飲んだ
彼の服にしゅわりと飛んだ
あーあと言って笑いあったね
 
 
わたしたちだけの夏のはじまりだと本気で思っていた
ガラスが転がる音がして
夏ってこうやってはじまるんだね
いつか夏が来るまで、わたしたちだけの夏だ
 
 
 
はしゃいで笑って
いつもの場所へ帰ってふたりで眠ろうね
 
窓から風と子どもの声
あなたの腕の中から
揺れるカーテンを見つめてた
 
いつまでもこのままでいたい
このまま夏のはじまりだけでいい
少ししか読んでいない長編小説みたいに
わたしはずっとこのままがいい
 
 
君にくっついた肌と肌のすき間
あせがにじんでる
でも今は、ひとつになったから
そんなことはどうでもいっか
 
わざと忘れた腕時計
それを見て私を思い出してね
君に逢えるのなら
私簡単に嘘つけちゃうんだよ
 
 
 
その夏が終わる直前に
街で君を見つけた
今日も半袖サンダルなのね
見たこともない幸せな顔
 
かわいいあの子と
アイスをたべてる
君の本当の夏は楽しそうだね
 
 
少し前に君が飲みほしたラムネが
足に当たって痛かった
からんころんと鳴るガラス玉は
あの時とは違う音みたい
 
 
「あの子誰?」なんて聞かない
わすれものを届けてくれた君は、いつもどおりで
わたしも何もなかったみたいに
また君の中で眠りにつく
 
 
線香花火みたいな幸せでも
君がくれるから、うれしいよ
 
 
 
夏がおわるね