子供じゃないもん'17

生きるって超せつない

落下する夕方

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落下する夕方江國香織

 

 

「引っ越そうと思う」

 

 

その言葉からはじまり、その言葉でおわる物語。

美しかった。すべての情景が目の前に広がっていく。

 

どうして江國香織はいつも私をこんな気分にさせてくれるのだろう。

憂鬱とも、すっきりとも違う、もやもやでもなく、切ないでもない。

艶やかで、目には見えなくて名前もない少し気怠い、

熱くなくて冷えてもいない、何も変わらないのに、何かを確かに感じる

そんな不思議な感覚になる。どうしてだろう。

 

世間や人の目を気にして、誰にも言えないことが、感覚が

当たり前のようにそこに言葉として、整然と凜として並んでいる。

伝わってくるのはそこにある空気と、温度と、それから心の渦。

 

とても素敵で魅力的な表現が多く、

そのひとことへの思い入れが強くなる。

 

『おかえりなさい。

 子供が言うような言い方だった。私は胸が一杯になる。

 1ミリグラムの誤差もなく、言葉が正しい質量をもっていた。

 こんなに正しい重さの「おかえりなさい」をきいたのは、

 久しぶりのことだった。』

 

 

 

 

華子の魅力はひとことでは説明できない。

放し飼いの猫のようでいて、何も知らない無邪気な子供のようで。

いつしか目が離せなくなっている。

次は何をしてくれるのか、目が離せなくなってしまう。

そして、華子に執着して「はたから見たら狂っている」ように

なっていく周りの人々。いたって普通に、狂っている。

それは誰もがそうなって当然かのように、

まるで夜が明けて朝日が昇り、夕暮れが過ぎてまた夜が来るように。

 

 

 

 

華子の行動に対する「疑問」は不思議と浮かんでこなかった。

それはきっと、私がすでに物語の中に入り込んで

「華子ってそういう人なのよ」「華子だもの、そうなってもおかしくないわ」

なんて梨果や健吾のように華子を知ったような気になっていたからだと思う。

 

 

この物語の中に、「華子がなぜそうしたのか」ということは

一切書かれていない。それが心地いい。

知りたいと思わない。知らないままでいたい。

その余白が、さらに私を世界へと引き込んでいく。

 

 

 

大切な人を失うこと、それでも時は進み、生活はつづく。

いくら自分の心が、思考がストップしていても、世の中は動き続ける。

世界は不思議だ。なぜ人は自分の見えているものだけが世界だと

勘違いしてしまうのだろう。たくさんの世界が存在しているなんて、素敵だ。

 

 

 

 

特に印象に残った、あとがきをここに記しておく。

 

 

 

「心というのは不思議です。

 自分のものながら得体が知れなくて、ときどき怖くなるほどです。

 私の心は夕方にいちばん澄みます。それはたしかです。だから

 夕方の私がいちばん冷静で、大事なことはできるだけ夕方に

 決めるようにしています。

 私は冷静なものが好きです。冷静で、明晰で、しずかで、あかるくて、

 絶望しているものが好きです。そのような小説になっているといいなと

 思いながらこれを書きました。

 これは、すれちがう魂の物語です。すれちがう魂の、その一瞬の物語。

 そうしてまた、これは格好わるい心の物語でもあります。

 格好わるい心というのはたとえば未練や執着や惰性、そういうものにみちた愛情。

 子供のころ自転車に乗っていて、ころぶ数秒前には不思議な透明さで

 それを知っていました。ああもうすぐころぶなあ。そう思って、ちゃんと、ころんだ。

 夕方には、なにかそういう種類の透明な冷静さがあります。

 つきすすんでいく格好わるい心の上空に、しずかな夕方が広がりますように。」

 

 

 

仕事がえりにカフェに寄り、煙草を吸ってアイスラテを飲みながら

不思議な世界にいた。それが何か心地よく、時間はそれが持つであろう

正しい質量で刻まれていった。長くも、短くも感じなかった。

 

帰り道、小綺麗なマンションがあるいつもの角を曲がって

街灯に照らされた一方通行の道を反対に向かって歩く。

「丁寧に生きてみよう」そう思った。

きっと長くは続かないのだろうけど、とにかく今日は

お風呂を少し掃除して、肌をいつもより丁寧にケアしてみたりした。

 

今日はアイムホームの香りをすこし纏って眠りにつこう。

 

 

 

明日起きたら洗濯物を干して、出張の準備をして

お手伝いするイベントのフェイスブックを更新しよう。

 

 

 

今日もありがとう。わたしは生きている。

そうおもえる文に出逢えてよかった。

 

 

 

原田知世SalyuCharaを聞いた。

さあ、おやすみなさい。